The Chaste Full-metal Maiden - 同人サークルノンリニアよりお届けする新感覚で硬派な弾幕シューティングゲーム

Story Index

Prologue Take Off Encount 1 Encount 2 Encount 3

Prologue


地球のキャパシティが限界を越えて、大量のコールドスリープカプセルを腹に詰めた移民船団が出発してから、相当な時間が経った頃。
おのおの違う方向に進んでいったが、多くの銀河団を渡り歩いていくうちに、資源となりうる星、居住可能と思われる星をいくつか見つけることはできた。
しかし、移民船の数は膨大で、星の数は無限とは言い難い比率でしか存在しない。
移民船同士の争いが起こった。


戦闘や、移民船への被弾により多くの命が失われ、共倒れを起こす移民船は数知れず、その争いの中で獲得されていった技術は天井を知らなかった。
そんな移民船の一つの中では、もう、生きた人間は一人しか残っていなかった。


ジョシュアは生き残った技術者であり、まっさらなわけではないが、かろうじて人間と言えるだけの生体部分を残した人間だった。
彼が人間をやめなかったのは恋人がいたから。
しかしそれも戦闘中の事故で死に、彼には手元に残された技術と人間を辞めた仲間たちしかなく、


彼女を戦闘機械として再生させた。



Take Off


 闇の中に浮かび上がるシルエット。
 周囲に配置されたモニターに照らされた機影。
 屈みこんだ人のような……いや、まさしく人の形をしたその機体には、少女の顔がついていた。


『――OKだ、レイリア』


 モニターに干渉する電子音が響き、モニターが一段階明度を上げる。
その中に映る精悍な顔つきの男が機体――レイリアに語りかけた。
 途端、置物のように固まっていたレイリアから駆動音がしたかと思うと、機体のあちこちについたランプが点灯する。
それでようやく機体の全様が知れた。


 触れれば裂けてしまいそうな、鋭利なフォルム。
背部に折りたたまれた翼、肩に配置された集束レンズ。
右手に銀色の戦槍、左手に巨大な銃。
 機体を覆う装甲、兵装、どれを取っても「死神」と呼ぶに相応しいものでありながら、レイリアはあくまで「美しい少女」だった。
 怜悧な冷たさを宿した銀色の機体。しかし機能美とも取れるその美しさは、少女の顔と奇妙なまでに適合していた。
 その銀色の髪がふわりと揺らめいたかと思うと、レイリアはその瞼を開けた。


「システム、起動――コード、スクランブル・レベル3」


 カメラのレンズにも似た瞳に光が走り、レイリアは起動した。


「おはよう、ジョッシュ。今日は何?」


 血の気のない唇を震わすことなくレイリアが問う。
その言葉にモニターの奥で男が苦笑する。


「自分でスクランブル・レベル3と言っていたじゃないか。それに船内でも話したはず――ああ、そうか」


言葉の途中でジョッシュが納得したように無精髭をさすった。


「そう、儀式のようなものよ。気にしないで……数は?」


まるで闇の外……その先に広がる深遠を感じるように、レイリアは再び瞼を閉じる。


「15機。うち10機は捨て身の雑魚、残り5機が問題だ」


ジョッシュは淡々と告げる。


「機種は」
「4機はいつものコーンヘッドだ。雑魚のヘルムはいいとして、残り1機が――該当機なし、だ」
「……どんな奴?」


心なしかレイリアの声が険のあるものになる。


「小さい。小さいが反応がでかい。出力や潜在能力は想像がつかん。人型だ」
「――ロベリア」
「あ?」


 呟くように、しかし声帯を使わないその呟きは、はっきりとジョッシュに届いた。


「前回の戦闘の通信、その主よ」
「――そうか。チャージは終わった、状況は把握したな?」


レイリアの返答に一瞬間を置いたジョッシュだが、すぐさま本題に戻った。


「ええ、いつでもどうぞ」
「いい返事だ。カタパルト、内部減圧」


返答と同時に気圧が減じ、誘導灯が点灯する。


「やれやれ、アンドロイドでもライバルが出来るんだな」


 あちこちの機械が稼動していく中、ジョッシュが呟く。


「そう作ったのは貴方達でしょう」


 唇を吊り上げてレイリアが言う。
カチューシャのように装着されていたバイザーが目の位置に下り、一瞬輝きを放った。
 真空となった闇の奥で、重い扉がゆっくりと開いていく。


「そうだったな――生きて戻れ」
「生きてないってば」


レイリアは衝撃に身構えるように体勢を変えつつ、間髪入れずに突っ込んだ。


「うるさい! ったく、人が心配してやってるってのに……」
「ご免なさい。――いってきます」


背中の翼が輝き、稼動音の音階が上がってゆく。
不貞腐れたジョッシュに、苦笑しながらレイリアが言う。
ずっと刻まれていたカウントが0になり「Good Luck!」とモニターに表示される。
そのときには、少女は弾けるように飛び出していた。


等間隔に配置された誘導灯が示す出口には、星の海が広がっていた。



Encount 1 Chimaira Kraft …… with her dignity


カタパルトから打ち出されるようにして機体が虚空に投げ出された。
茫漠とした暗闇の中、光の残滓をまき散らす光の翼となびく銀の髪がレイリアが加速し続けていることを示す。
進路上の小さなデブリが装甲板に弾かれて立てる音に緊急通信が割り込んできた。

ジョッシュだ。


<敵弾、正面>


瞬時に反応してレイリアは加速した。
アイカメラに敵弾反応と着弾予測時間が表示される。

着弾する直前、レイリアは背部スラスターを一気に停止させ、急激な姿勢制御をかけた。
減速に取り残された銀髪が逆方向に流れて行く。
その髪をかすめて光条が通り過ぎるのと同時に彼女は回転する三機の無人機を捕捉していた。

第二射の隙など与えない。
敵機のスキャンが終わるまでの間に照準。
データ照会の結果が出るころには赤い光点が三つ、消え去っていた。
無音のまま爆散する敵機。
音を伝えるもののない真空では全ての事象が無声劇のように流れて行く。

自分の預かり知らぬところで全てが流れて行くような錯覚がレイリアのブラックボックスを掠めた。


<善し。母艦とのリンクは問題ないな?>

『ええ、影響圏内に存在するものはしっかり見えているわ。デブリまでね』

<そりゃあ良かった。見えないよりは幾分マシだ>


レイリアの電脳には自機に備わっているものだけでなく、母船の立体レーダー情報が絶えず流れ込み続けており、自前のものとは比べ物にならない更新速度で周囲の状況をレイリアに知らせていた。
宙域のほとんどをカバーしてあまりある範囲を持つそれは、現在、戦域に範囲を限定して精査していた。


『今の子機、さっきはいるって言ってなかったけど、どうなってるの?』


制動をかけた状態のまま、宙域を漂いながらレイリアが問いかける。
そう言う合間にもレーダーには次々と赤い反応が現れていく。


<わからん。ただ、そいつらは足が速い。ヘルムとコーンヘッドは動かない。不明機は……遠いな。動いている様子もないし、向かってきたとしても到着に時間がかかるだろう>

『念のためレーダーから切り離さないでおいて。周囲は私のレーダーでも確認できる』

<了解。――っと、お出ましだぞ。左右からだ>


レイリアは押し寄せる敵機を確認し、射撃体勢をとった。
アイカメラに無数の敵機が映る。

搭乗者の意思を感じさせない単調な動き。
粗悪なAIを積んだ無人機であることは、アイカメラに表示された機体名を見る前に予測がついた。
ざあっと蜘蛛の子を散らすように展開、一切の無駄なく、統率された動きで一斉射撃が始まった。
数に任せてばら撒かれる牽制弾に紛れて、レイリアを狙う敵機が仕掛けてくる。

ちりり、と。
レイリアのブラックボックスからエラーが吐き出される。
数ミリ秒にも満たないその一瞬の中で、レイリアは曳光弾と、敵機の残光、そして星と暗闇の作るコントラストを美しいと感じていた。

それはシステム的にはエラーでしかなかったが、彼女はそのエラーにログ保存と無視の命令を叩きこんだ。
射撃体勢のままレイリアはスラスターを全開にする。

牽制弾には目もくれず、正確に直接自分を狙う弾はすり抜けるようにして疾る。
翼の輝きが弾丸を巻き込んで渦を巻く。
敵機の戦隊とすれ違う一瞬、重なり合った敵機に向けてレイリアは銃口を向けた。
閃光。串刺しにされるように敵機を光条が貫く。
爆散する敵機を確認するそぶりも見せず、もう一群の敵を中心に急旋回、追い縋る弾丸を振り切りながら、正面に横一列に並んだ敵機を捉えた。

再び閃光。薙ぎ払われた光条は敵機を余さず殲滅する。

……数が多い。
レイリアはすでに敵機を示すマーカーで一杯になりつつある立体レーダーの縮尺を変更し、近距離にいる敵のみを意識した。
回転する円盤状の敵機が五機、円形に陣を構えつつレイリアの周囲に展開していた。
呼応するように突撃機がニ機。
球形に囲まれたフォーメーションのもと、同時に七機が発砲した。
躱し切れない。

意識下で鳴り響く警告音を聞く前に直感があった。
通常駆動では間に合わない。だからレイリアは右腕に意識を集中し、「切り札」を起動した。
ジェネレータが一時的にエネルギー出力を上げる。
翼に回っていたエネルギーすら食い荒らし、爆発的なエネルギーが右腕の槍に集まっていった。
耐久限界を超えるか超えないか、その臨界でレイリアは閃光の槍を振り抜いた。
光が嵐のように渦を巻き、発射された弾丸を全て巻き込んで敵機ごと吹き飛ばす。
起動した槍から放たれる出鱈目な熱や光は接近しつつあった敵機をも爆散させる。

周囲の光点が一気に減少した。
その隙に一気にレーダーの範囲を拡大。戦況を読む。


『ジョッシュ』

<どうした>


レイリアは意識下に展開されたレーダーを再び近距離に設定して、槍に流れ込んでいたエネルギーを翼に引き戻した。
再び最大出力を取り戻した翼は、弾丸の様にレイリアを急加速させる。
しかし既に目の前には無数の敵機があった。


『敵機が船に見向きもしない。それに切り込むごとに密度が増してる。多分この子たちは反応してるだけ。出所を辿って。』

<……一か所を出所にする自動迎撃機ということか。了解だ。とりあえずは密度を頼りに飛んでくれ。ナビゲートする>

『お願い』


通信しながらもレイリアは攻撃の手を緩めない。
正確な連射で敵機を叩き落とし、接近してきた敵機を旋回しつつ槍で切り払う。

このままここで敵を潰し続けても埒が開かない。
エネルギーが先に尽きるか、あちらが先に全滅するかで言えば明らかにエネルギー切れが先だ。
拠点があるならばそれごと一息に潰さなければ、たった一機で戦争などできはしない。

レーダーの捜査目的を索敵から拠点探知に切り替える。
それと同時に光点の密度を瞬時に読み取り、等密度線から進むべき進路を確定する。
システムの調整を行っている間に敵機が再びフォーメーションを取って迫る。
形と動きが違うことに一目で気が付いた。
油断ならない相手と警戒する間もあればこそ、レイリアは高速でフォーメーションの中に取りこまれていた。
再びの警告音、レイリアは戦術プログラムのリアルタイム更新を怠ったことを呪った。
槍をもう一度起動させる。
そうそう使える切り札ではないというのに、既に二回の起動を受けて回路が異常を報告し始めている。

それでもここで堕ちるわけにはいかないのだ。
閃光の槍は再び周囲を熱と光で薙ぎ払う。
レーダーから輝点が一気に減ったことをを知るが、広域レーダーで知ることができる敵の総数は、そんなものは微々たる量であることを知らせてくれた。

急激な出力調整にレイリアのジェネレータ・コアが悲鳴を上げる。
胸の痛みとして知覚されるそれを苦しむように、或いは動悸を堪えるように、レイリアは槍を格納した手で胸を押さえた。

しかしそれも一瞬。

一度目を閉じた彼女は眦を裂き、もう一度全出力を翼に叩き込む。
急激な加速は敵機の反応速度を上回り、多くが置き去りにされた後レイリアに追い縋った。
その先にあるはずの移民母船には目もくれない。
慌てるように多くの敵機がレイリアに突進してくる。
それを最小の軌道修正で躱し、出力を極限まで下げた射撃と槍で行動不能にしていく。


……まだなの?

徐々に敵の密度が後方に集積していく、無数に湧き出す敵機をあしらいながら、高速で戦場を駆ける。
背後からの射撃も、前方から迫る敵機の攻撃も苛烈さを増す。
焦りが募る中、レーダーに新たな情報が追加された。


<2時方向に小惑星確認、敵機はそこから湧いてくる。質量大、金属質の小惑星だ。おそらく、生産拠点>

『了解。作戦目標変更、敵、生産拠点殲滅』 


レーダーに表示された目標地点に軌道を修正。レイリアは一気にそこへ向かおうと……。


<正面に敵弾! 避けろ!>


目標地点とレイリアの中間座標に、突如として巨大な敵影が出現した。
全力駆動のため軌道修正が一瞬遅れ、避け切れなかった敵弾数発をアームカバーで弾く。
大量の弾丸は周囲の敵を一気に爆散させ、巻き込まれた敵機が誘爆を引き起こした。


『新型? いや、ヘルムとコーンヘッドが、こんな……!』


突き出た二本の肩の間、平たい兜のようなシルエットの中央に、真っ赤な単眼が輝く。
大型の敵影は、中型敵であったはずの識別名「ヘルム」と「コーンヘッド」の改良機だった。
いや、正確に言えば、融合機(キメラ=クラフト)……テルミドールという機体名が装甲に刻印されていた。

単眼が輝き、塔のように突き刺さるかつてのヘルムが起動した瞬間、あふれ出すように攻撃が始まった。
旋回する四機の兜から繰り出される牽制弾、その合間を縫って迫りくる集中弾。
周囲に散った小型機など目に入らぬかの如く、苛烈な攻撃が宙域を焼く。

被弾による損壊率そのものは大したことはない。

レイリアは即座に目標を定め、大周りにテルミドールの周囲を旋回した。
追い縋るように集中弾がレイリアに遅れてついてゆく。

その速度は火力を重視したせいか鈍重で、牽制弾さえ見切れば当たるものではない。
すぐに装甲の厚い、旋回する兜の一機を捕捉した。
翼に回した出力の一部を槍へ回し、槍を励起する。
輝く尾を引いて槍が兜の表面装甲を両断した。
爆散する兜にあてられて、一瞬テルミドールの動きが鈍った。


『貰った……!』


優勢を確信したレイリアから、精神高揚ともとれるエラーログが吐き出される。
しかしそれは全身に行き渡る情報回路を一時的に活性化させ、レイリアの性能を底上げする。
瞬時に銃口を変形させた銃を旋回兜に照準、もとは単眼があった隙間に、光条を叩きこんだ。

装甲と輝きのせめぎ合いが火花となって宙域を彩る。
数ミリ秒の争いの果て、青い光条は兜を貫き、二機目の兜が炎に包まれた。
とたん、テルミドールの単眼が輝きを増し、装甲が開いて巨大な砲身がその姿をのぞかせた。
兜の装甲も開き無数の射出口が姿を現す。
ごごん、と、真空すら震わせたかと思わせる、輝きが押し寄せた。

特大の光弾が押しつぶすように迫り、逃げ道を塞ぐようにミサイルがレイリアを狙う。
実弾兵器などレイリアにすれば物の数ではない。
ロールして光弾を回避しながら、速射した低出力の光弾で全てのミサイルを叩き落とし、第二射を待たずに変形させた銃口から光条をほとばしらせる。 
実弾兵器に誘爆した兜が散り、残された兜も同じ運命を辿る。
最後の抵抗とばかりに銃口に輝きを集めるテルミドールに向け、冷たい唇が無音の真空で言葉を紡ぐ。

さようなら。

伸びあがった槍が一息にテルミドールを両断する。
爆散する前にもう一度薙ぎ払い、正確に全てのジェネレータ・コアを破壊された融合機はひとたまりもなく真空に散った。
金属がぶつかり合う、機械特有の断末魔もここでは聞こえない。
破壊兵器の「死」を見つめていたレイリアはジョッシュの通信で戦場に意識を引き戻した


<やれやれ……意外な新型を用意するもんだ。大きめの反応はまだ八機残ってる。たぶんまた一つ来るぞ>


そういう間にも次々と更新されていく情報。
それを頼りにレイリアは戦場を予測する。


『わかってる。――敵機撃破、作戦を続行』


戦闘に巻き込まれて、小型機はあらかた撃破されていた。
レイリアはもう一度翼を輝かせると、目の前に浮かびあがってきた小惑星を見据え、その重力圏に突入した。

Encount 2 Try defeating our distiny …… with despair


小惑星の重力に引かれていく軌道を慎重に修正しながらレイリアは小惑星を精査する。


<その小惑星の質量、ほとんどが敵と思え。
動体反応が多すぎて正確な値がわからない。
気をつけろ>

『わかってる。
範囲を限定しないとすぐ真っ赤になる……ナビ、お願い』


通信を区切った瞬間、近くの岩場としか思っていなかった場所から鈍く光る砲身が姿を現した。
赤い光条が真っ直ぐレイリアを目指して飛ぶ。
ロールして回避、砲台に照準――する暇はなかった。
追い打ちをかけるように次々と砲台が姿を現し、その全てから赤い光条やミサイルがレイリア目掛けて飛ぶ。

次々と躱し続ける間に、レイリアは一気に高度を下げた。
墜落するような角度で小惑星に飛び込み、急制動をかけてミサイルを地面に衝突させる。

爆風に紛れて一瞬だけ照準を外す。
標的を見失った砲台を、レイリアは地面すれすれを飛びながら同時に四基を捕捉、一息に四射。
残った一基を射角の下から潜り込み、岩場ごと槍で両断した。
機体の端に爆煙を引きずりながらレイリアは再び高度を取る。

目の前には、黒々とその口をあける奈落のような、巨大な空洞があった。
そしてそれらを護るように再び姿を現す無数の敵機、砲台。
『敵生産拠点を確認……突入』
ジョッシュからの返答を待たず、レイリアは銃口を変形させ、射撃体勢を取った。
敵機の群れより一瞬早く、青い光条がその群れを薙いだ。

炎に包まれる無数の敵機。
それに構うことなく砲台から伸びた赤い光条はただ、真空を焼いただけだった。
砲台に構うことなく、レイリアは一気に大穴に突入する。
待ち構えていた壁面の固定砲台が侵入者を撃退しようと姿を現す。

起動して射撃体勢に入る前に三基、砲撃を開始したものを四基、回避行動を取る前に破壊する。
迫る弾丸を回避するころには固定砲台の集積する区域を高速で通過していた。

オレンジ色の作業灯が照らす大穴の壁面。
無数の作業機械が岩盤にとりついて採掘作業をしていた。
採掘された物資は輸送機に運ばれて生産モジュールの中へ。
そして、少し離れたドックと思しき場所では大量の建造中の機体が頭を垂れていた。
無数に並ぶそれらはまるで、移民船の中に並び、凍り、目覚めることのない――今はいない人々のよう。

目の前に広がる光景は一切が自動で、レイリアの存在に慌てふためく人影は確認できない。
施設維持にもしかしたら数名の人間が配されているのかもしれない。

しかし、レイリアのアイカメラに飛び込んでくる景色にその姿はない。
ただただ、血の通わぬ鋼の瞳が、黒々とその口を開ける銃口のみが、レイリアの意識に語りかける全てだった。

一瞬だけレイリアは目を閉じ、迷いを断ち切るように銃をかざした。
変形した銃口が生産施設と、それを護ろうとする敵機を捉える。

閃光。

青い輝きは広大な空間を焼き、敵機を薙ぎ払い、それを貫いてあらゆる機械を破壊した。
迎撃機の砲撃で被害はさらに拡大する。
爆散する敵機の破片に追い縋るように、レイリアは小惑星の重力に従って加速した。

光条が敵機を貫き、施設を破壊する。
霧は見えない。
真空中に投げ出された人間が、蒸発して変化するその果ては、未だ観測されない。
死人は、まだいない。
この先もそれを見ることがないよう、祈るようにレイリアは周囲の空間を精査する。
レイリアの攻撃により生産能力を失いつつあるこの施設は、最奥部の小惑星中心部から別の採掘坑が惑星表面へと伸びている。
背後から追い縋り、数を増やす敵機の群れを相手にする暇はない。

レイリアは一気に加速した。
もはや弾丸は回避限界を超えていた。
敵弾による被害を最小限にとどめ、センサー類を防護しながら飛ぶ。

被弾警報が鳴り続ける。
しかし、損害は未だ軽微。

施設の損壊率が復旧可能域を超えたのか、敵機はもはや施設の保存は考えていないようだった。
被害を一切省みずに、レイリアをここで倒すことのみに目的があることが、攻撃の苛烈さに表れていた。

レイリアはさらに加速する。
小惑星内部に通信は響かない。
攻撃の苛烈さゆえか、通信波が届かないためか、はたまたすでに通信モジュールが破損したか。
もはやレイリアには一切関係はなかった。

最奥部を見据える。
帰らなくてはならない。
帰還せねばならない。
また声を聞くために。
何度でもそうしたように。


崩壊を始める施設の中、破片が果てしなく最深部へ降り注ぐ。
それにより目を覚ましたかのごとく、灯された輝き、ひとつ。


『――ッ! こんな時に!』


知らず、通信帯に叫んでいた。
この波長を受け取る人は今はいない。
それでも、それを叫ばねばならぬほどの、大きさだった。

もう一機来ると言われた融合機。
七機の独立機体が融合した、高火力機体。
それが、ここまで移動を限定された戦場で待ち構えていた。

緊急起動した融合機は、バイパスを引きちぎって跳んだ。
最奥部から弾けるように脱出口へ取りつき、四基の脚を壁面に突き立てた。
赤い単眼がレイリアの行く道を塞ぐように坑道の中央で輝く。


『そこを、退きなさい!』


最奥部から一気に転身。
レイリアは出力を全開にして、小惑星の重力に逆らって飛ぶ。

呼応するように融合機は後ろへ下がる。
その大きな一歩を司る、兜の形をした装甲が開き、銃口をレイリアへ向けた。

閃光が迸る。
巨大な輝きが四つ、レイリアを追い詰めるように迫る。
避けようとしたその体に高速度の散弾が襲いかかった。

被弾警報。
装甲板の損壊率が一定値を突破。
次、着弾角度を間違えれば、駆動系にダメージを受けることになる。

光弾が壁面に、そして背後から迫る敵機に着弾する。
爆散する敵機や壁面の残骸が高速でレイリアを襲う。

それらを切り払い、叩き落とし、応射する。
出力を射撃に回せない。
低出力の光弾は融合機の装甲を歪めるだけに止まった。
最初の融合機よりさらに装甲が厚い。

続けてもう一歩。
鈍重なその一歩を踏み出すと、融合機の銃口が再び輝き始める。
発射間隔を速めた散弾が再びレイリアを襲う。
それが輝く砲身を狙わせないための牽制であることは明らかであった。

初弾をロールで躱し、フルブーストで次弾を避ける。
銃口を変形させて、エネルギーを集積させる。
青い輝きが銃から漏れた。

融合機の銃身から漏れる赤い輝きが臨界に達する一瞬前、青い閃光がそこにむけて迸った。

爆炎。
集積したエネルギーが弾け、四つの脚のうち一つが吹き飛んだ。
融合機は大きくバランスを崩し、ずれた照準が見当違いの壁面を吹き飛ばした。
瓦礫が再びレイリアを襲う。
重力に引かれた破片が果てしなく降り注ぎ、アイカメラの視界を埋めた。

それを斬り飛ばしながら再びレイリアは射撃体勢を取る。
瓦礫の海の向こう。
バランスを崩して無防備な敵がいる。
それを逃せば、施設の崩落を逃れて脱出することはかなわない。

閃光。
青い光条が疾り、瓦礫の海を貫いて融合機の脚を貫いた。
炎に包まれる兜の足。
大きくバランスを崩した融合機はぐらりと傾いでレイリアに向けて無防備な背面をさらす。

降り注ぐ瓦礫を縫ってレイリアは飛ぶ。
励起した槍が光の尾をなびかせ、大きく伸びあがる。
ぎりぎりで体制を立て直そうとした融合機が赤い単眼をレイリアに向けた刹那、輝く槍は一気に振りぬかれていた。

赤い単眼ごとジェネレータ・コアが両断される。
爆散する融合機の横をすり抜けて、一気にレイリアは加速した。

帰還せねばならない。
もう一度会うために。
生きて、戻らねばならない。

意識下に刷り込まれた至上命令。
何があろうと、己が身を守り、あるじのもとへ帰還すること。
それが自分の意志であるかどうかなど、彼女は知らない。
たとえそうでなくてもかまわないと、そう彼女は思う。

背後から敵弾反応。
軌道を瞬時に修正して光弾をやりすごす。
撃破しそびれた足の一部が、再び独立機としての形を取り戻し、彼女を追っていた。
さらに、前方から呼応するように突撃機。


『しつこい――!』


背後を顧みることなく、彼女は加速する。
前方から迫る突撃機をすれ違いざまに両断。
続けて迫る敵機を次々と叩き落とし、背後からの敵弾を避け続ける。
回避した光弾は前方から迫る敵機を巻き込んで爆散する。


目の前に星の海が広がる。
母船のカタパルトから覗いたような、星の海が。

翼の出力比を限界まで引き上げ、重力に逆らって飛び続ける。
突入時と同様に、いや、間逆に、侵入者を逃がすまいとまろび出た浮遊砲台がレイリアを狙う。
エネルギータンクを抱えたそれらを一瞥すると、レイリアは砲撃を全てロールで回避し、一切の射撃をせずにその脇をすり抜けた。

砲台の区域を抜け、小惑星の表面を抜いた。
崩落しつつある施設を振り返ると、そこから赤い単眼が二つ、レイリアを追おうと奈落の底から這い出そうとしていた。
レイリアに照準を合わせる無数の敵機も、また。

がり、とレイリアは歯をかみ合わせる。
本来なら一切必要ない人間らしいその部位は、レイリアの疑似感情に呼応して運動した。

翼の出力比を限界まで下げ、全てを銃に集中させる。
先ほどまでとは比べ物にならない輝きが集積する。

赤い単眼が、そして浮遊砲台が奈落から這い出そうとしたその瞬間。
銃口から青い閃光が迸った。

柱の様なその輝きの束は、空間を焼き、浮遊砲台のエネルギータンクを巻き込んで、エネルギーの乱流を生み出す。
二つの兜はその乱流に揉まれ、輝きの中でなす術もなくその輪郭を消滅させた。
細かい振動に止まっていた施設は完全に崩壊を開始し、爆炎が吹きあがる。
遠くに見えるもう一つの出口からも同様の輝きが吹きあがるのを確認すると、レイリアは銃口を下げ、機能を停止していた通信機の復旧作業にかかった。

一瞬だけ、吹きあがる炎を見つめた後、レイリアはぼろぼろの機体を復旧させながら、輝きに背を向け、飛んだ。


帰還するために



Encount 3 Grab your fate……in the world of divergence


主要施設を破壊した採掘場を抜け、レイリアは一気に資源惑星の重力に逆らって飛んだ。
追い縋る無人機を叩き落とし、撃破した施設を振りかえって確認する。

……こんなものまで作って、競争に勝ちたいのか。
潰してきた施設で作られていたのは、移民船の維持のためのものではなく、全てが戦闘用の無人、有人機であった。


『目標撃破。周囲に母船を攻撃目標とする敵機は見られず。――帰』

<八時方向に高エネルギー反応! 避けろ!>


突然飛び込んできたジョッシュの通信より早く、レイリアはフルブーストして回避行動をとっていた。
瞬く間に真っ赤な光条が銀髪を焦がして通り過ぎた。


『あらあ、非力なアルビノの癖に良く動くじゃない?』


レイリアのレーダーに敵性存在のマーカーが現れ、双眸が赤い人型を捉えた。
母船のデータベースには該当機なし。しかし、レイリアのデータベースには、該当機、一機。


『ロベリア……!』


真空の中で広がる長髪、こちらを嘲笑うような双眸、血を連想させる深い赤の機体と唇……。
それは、まぎれもなく先の戦闘でレイリアを苦も無く撃退した、アンドロイドだった。


『覚えていてくれたのね、光栄だわ、お・嬢・様ァッ!』


構えていた巨大な砲身から再び光条がほとばしる。レイリアは再びスラスターを全開にして回避運動を取った。


『あはははははっ! 頑張って逃げなさいな! かすったら欠片も残らないわよっ!』


通信帯に笑い声がこだまする。
ロベリアは言うが早いか急制動をかけたレイリアを追って砲身を思い切り振った。

翼からたなびく光の尾を振り散らしながらレイリアが錐揉み状にロールして光条をかわす。
レイリアの冷たい双眸が血色の人型を捉え、回転する体のまま銃身から閃光が疾った。

そのころにはロベリアはそこにはいない。
まるで先読みしたかのように動いていた。


『そらあっ!』


ロベリアの剣とレイリアの槍が交差する。
行き場のないエネルギーの奔流が火花となって虚空に消える。

重ねるように二合、三合。
互いの手を封じるように繰り出された武器が絡み合い、押し合いとなる。


『格闘プログラムでも書き換えた? ちょっとは頑張るじゃない』


余裕の笑みを浮かべながらロベリアが囁く。
対するレイリアは唇を歪めて槍を押し込んだ。


『生きようとする人を何故阻む! 共に生きれば済むだけのことなのに……』


っは、と一つ鼻で笑うと、ロベリアは力の向きを変えて大きく剣を押し込んだ。


『死に損ない一人積んだ船に私たちの星を圧迫されたらたまんないのよ』

『私たちは生きねばならない! 生きた記憶を、記録を、証を残して!』

『知らないわよ、そんなこと』


冷めた口調で言い放つと、ロベリアは狂気じみた笑みで叫び声をあげた。


『お父様に闘えと言われた以上の理由なんて、関係ない!』


瞬間、ロベリアの背中の翼が輝きを増し、振りぬかれた剣が大きくレイリアを吹き飛ばした。


『消えてなくなれ!』


間髪いれずに構えられた砲身から光が漏れる。
レイリアが姿勢制御に成功するのとほぼ同時に、先ほどとは比べ物にならない輝きが打ち出された。


『――ッ!』


背中の翼を全開にしても間に合わない。
吹っ飛ぶようになくなっていく着弾予測時間を確認するより早く、レイリアは槍をかざした。

焼けつく閃光とともに打ち出された槍が、ほんの一瞬、光条の軌道を変えた。
それだけで、レイリアがそれをかわすには十分だった。

照準と同時にレイリアの武装が形状を変える。
射撃体勢から戻らないロベリアの目と、レイリアの銃口が向き合った。

閃光。
青い光条が真空を焼く。
輝きはロベリアの歪曲力場を貫き、カノンの銃口を直撃した。


『出来そこないのアルビノ風情があああああああ!』


破壊された銃口を瞬時にパージして、ロベリアはカノンを解体した。
現れたのは二丁の銃。
剣を格納すると同時に、二つの銃口がレイリアを向いた。

濁流のような輝きがレイリアに押し寄せた。
槍のなくなった射出機構をパージすると、レイリアは翼を輝かせて大きく旋回を始めた。

二つの銃口のうち一方がそれを即座に追う。
とめどなくあふれる閃光がばらまかれ、レイリアの逃げ道を塞ぎ、もう一方の銃口がそれを狙った。

レイリアの瞳が赤い光条の輝きを映し出す。
それを見据えたまま、レイリアはロベリアに向けて突貫した。
銀髪を焦がして赤い輝きが通り過ぎる。


『せあああああああああ!』


アームカバーに仕込まれたブレードを抜刀し、ロベリアに向けて一閃。
回避行動を取るのが一瞬遅れ、銃が一丁叩き斬られた。


『あんたみたいな、出来そこないにっ――!』


爆散する銃に見向きもせず、即座に剣を引き出したロベリアは、出力に任せてレイリアの剣を弾いた。
一瞬できた隙に片腕の銃を照準、閃光が押し寄せる前にレイリアは流星になる。

残光を貫く輝きはレイリアを捉えることはない。
レイリアもまた照準を仕掛けるがそれを黙って待つロベリアではない。

赤い輝きを引き連れるロベリアと、青い輝きを引き連れるレイリアとが生み出す螺旋は、互いに向けて閃光を放ちながら、近づき、弾き合い、加速していく。


『お前を斃すために生まれたんだ! 私は!』


通信帯にロベリアの叫びが轟く。
それはレイリアのシステムに語りかけ、ブラックボックスを震わせた。


『悲しい女性(ひと)……』

『何?』


弾き合うはずだった二つの流星は剣を交えたまま硬直する。
散る火花に照らされたレイリアの貌は、悲しみに彩られていた。


『私を殺せばあなたは用済み。
出来損ないと言われた私を斃すために生まれた貴女ならば、その先は、ない』

『違う!』


ロベリアの翼が輝きを増し、剣が押し込まれる。
押し負けるはずのレイリアはしかし、フルブーストでそれに抗った。


『私は違う。私は生きるために、生かすために生まれてきた。壊すためでは、ない!』

『それ以上、喋るなあああああああ!』


ロベリアの輝きが一層増し、レイリアの青い閃光を呑み込む。
堪らず吹き飛ばされ、緊急回避行動を――。

しかし何時まで経っても追撃は来ない。
相対距離の値は動かぬまま、ただ光学センサーだけが今の状態を正確に把握し続けていた。

泣き笑いのような表情でロベリアは浮かんでいた。
虚空に身を置いたまま、強張っているのか、脱力しているのか分からない機械の身体のままで、その表情は人間のそれと何も変わりはしなかった。


『もういい』


感情回路の暴走か、その声は震えのようなノイズが混じっていた。

ロベリアの武装は残り少ない。
それを諦めの台詞として予想しようとする戦術プログラムを、レイリアのブラックボックスが押しとどめた。
それはロベリアと言う「人格」のする決断ではない。
人間ならば直感とでも言うべき機能が、レイリアの戦闘態勢を維持させた。


『せめて一撃でブラックボックスごと消し炭にしてあげようと思ったけどもういいわ』


ロベリアの両手が武装をそのままに高く掲げられる。
その瞬間、レイリアの認識野に大量の警告メッセージが押し寄せた。

重力波検知、空間の歪みを検出、特異点発生、異常質量確認。
そして最後に光学センサーが真実を叩き出した。

歪んだ光とともに目の前に出現したのは、二基の巨大な射撃装置。
戦闘機とも銃器ともつかないその形状は、それが相手を屠るためだけに存在する「兵器」だということだけを伝えてくる。刻まれた文字は「Phantom」。


『手足を消し飛ばして、達磨にしてから持ち帰ってあげる。
システムもボディもずたずたにされていく感覚を、味あわせてあげる ――!』


ロベリアの翼が、強く、禍々しく展開して行く。

それを引き起こしているのは鳴動するファントムか、それともロベリア自身か。
いずれにせよそんなことはどうでもよかった。
レイリアには目の前で吹っ飛ぶように増加して行く総エネルギー値だけが映った。


『あぁぁぁああああああああ!』


ロベリアの翼が大きく広がる。
それはもはや推進力を得るためのものではなく、溢れ出るエネルギーの飛沫だった。
ぎょろりとファントムの銃口がこちらを向く。

レイリアの意識はロベリアの咆哮とともに覚醒していた。
無限に流れ込むエネルギーに狂わされたロベリアのシステムに哀悼を。
そしてそれを打倒する決意を込めて、レイリアもまた翼を展開する。


『もう聞こえないだろうけれど、言うわね』


レイリアは静かに叫び声とも、泣き声ともつかぬロベリアの咆哮を聞きながら、通信帯に囁いた。


『あなたの負けよ、ロベリア』


閃光が、空間を焼いた。