メリークリスマス。ケーキくらい食べたいなー。
いつからだろうか。彼がその古小屋に住んでいるのは。見渡す限り砂と岩だけの世界にあって、ぽつんと建った古小屋と申し訳程度の溜池はなんとも物寂しげであり、世界には彼の他誰も存在していないようにも思えた。
しかし、彼にとってそれはさしたる問題ではなかった。
そもそも彼には「自分以外の誰か」という感覚はなかった。物心、といっても常人のそれとは異なる「こころ」を身につけるその頃には、彼は既にこの古小屋に一人きりで、何百何千の朝と夜を繰り返して、今日もこうして夜明けを迎える。
――だが、変化は突如として訪れた。
彼が最初に「それ」に気付いたのは明朝。毎日、全く同じ時間、全く同じ方角に、休むことなく顔を出す太陽の光が、彼に夜明けを告げる窓越しの光明が、何故か差し込んで来ていなかった。
それは些細な変化ともとれただろう。しかし、変化の一切が存在しない日常を唯々漠然と繰り返してきた彼にとって、これは看過しえないことに違いなかった。
それでも、訪れた変化の受諾を拒むかのように、彼は一応の朝の諸事を済ませた後、普段通りの服装で表へ出た。
扉の外には、いつも通り、砂と岩だけの大地が広がっていた。地平の彼方までを埋め尽くす、一切の生命を拒む荒土。
―ただ一つだけ違っていたのは、刻限としてはもう疾うに夜明けを過ぎているにも関わらず、辺りは曙のごとく薄暗いということだった。
詰まる所、始め、彼は「それ」に気付かなかった。彼の眼前には、薄暗い大地と漆黒の虚空が広がり、然るべき場所に太陽は鎮座していなかった。―そう思えた。
ところが、ふと背後を振り返る。すると、そこでは空は平時の蒼を既に取り戻し、また、地平の彼方には陽光を受けて黄土に照る大地が微かに見えていた。
彼は再び前方へと視線を戻す。
――ここにきて、やっと彼は「それ」に気が付いた。漸く事態は認知される。
彼は全てを悟る。
太陽は昇らなかったのではなく、隠されていたのだった。大地が陽光を受けないのは、辺り一帯が深い影に埋もれていたからだった。蒼天は漆黒へ染められたのではなく、彼の視界のほぼ全てを覆う「それ」によって、切り取られていたのだった。
よくよく目を凝らして見れば、茶褐色の胴に深緑を這わせる「それ」は・・・
一本の巨大な“樹”だった。