セーフでしょうか

2010 年 4 月 16 日 | カテゴリー: 中の人の戯言

 目を覚ますと、彼の前にピンクの髪でセーラー服を着た少女が立っていた。
「うわっ! 美少女だ!」
 ベッドの隣であった。布団であれば迷いなく枕下と言って良いピンポイントの位置である。
 少女は左右に分けた髪を揺らせながら背中で腕を組み、にこにこと彼を見下ろしていた。瞳が大きく、端正な顔立ちでありながら輪郭線にどことなく丸みのある可愛らしい少女であった。
 彼は自分が取り乱していることに気付き、慌てて深呼吸をした。
「あ、あぁ、すみません大きな声を出してしまって……ところであなたは誰ですか?」
「よくぞ聞いてくださいました!」
「うわっ! アニメ声だ!」
 再び取り乱し始める彼をよそに、少女は背後から白い紙を取り出して掲げた。暴力的なほどの速度であった。
「これです!」
 少女が掲げる紙には、乱雑な字で「ボーイミーツガール」と書き殴ってあった。
「これなのですか」
「これなのです! 読んでみてください?」
「Boy meets Girl」
「それなのです!」
「うわっ! 紙吹雪だ!」
 声を上げるやいなや少女の細腕が乱暴に紙を破り捨てた。破片を彼の頭上から叩きつけてにっこりとほほ笑んだ。暴力的なほどの速度であった。
 当然、これに憤慨したのは彼であった。
「どういうことですか、朝っぱらから人の家に忍び込んでボーイミーツガールの紙吹雪だなんて!」
「今は夕方よ。ニートのあなたは日が昇るまでネットゲームにのめり込んでそのまま泥のように眠りに就いたじゃないの」
「うわっ! ほんとだ!」
「やり直してください?」
「分かりました。どういうことですか、日も沈もうという頃に人のベッドに忍び寄って乱暴狼藉だなんて!」
「ボーイミーツ紙吹雪のことは謝るわ、すぐに掃除するわね」
「うわっ! 甲斐甲斐しい!」
 先ほどまでとはうって変わった丁寧さで身体を寄せてくる少女に、彼のリビドーは破裂寸前であった。彼は食器洗いをする母の後ろ姿を想像してそれをこらえたのであった。
「名前を教えてください?」
「名前ですか。僕の名前は高野慎也といいます。近くの高校に通う、どこにでもいるような平凡な16歳です」
「では太郎くん」
「うわっ! 計画的だ!」
「社会における泥のように眠っていた太郎くん」
「無駄な伏線だ! というか差別だ!」
「差別はよくないわね……言い方を変えるわ。泥くん」
「良い名前ですね。暗殺者のコードネームみたいでかっこいいです」
「気持ち悪いわね……もう高野くんでいいわ」
「はい元気です」
「ありがとう、私の名前は高野佳苗です」
「うわっ! 妹だ!」
「お兄ちゃんがいつまで経っても起きて来ないから私が起こしに来たのよ」
「おかしいな、僕にこんな妹がいたかな……?」
 彼はうんうんと唸りながら考えるが、どうしても目の前の少女のことは思い当たらない。果ては記憶喪失か、新手の美人局かと疑い出したのであった。
「でも、そうか……! 妹ならば僕がニートでネトゲーの末徹夜したことを知っていたのも合点がいく! そうかそういうことだったのか!」
「高校生はニートとは言わないんじゃないかしら」
「そうか僕はニートじゃなかったのか……! それなら妹から冷たい視線で見られないことにも合点がいく!」
「早く起きてください高野さんそして二度と私にその顔を見せないでください」
「ありがとう、目が覚めた思いだ」
 そうして彼は起床した。
 聖なる覚醒であった。
 しかし彼はまだ知らなかった。その少女が大いなる意思の下、彼の日常を破壊し尽くしてしまう宿命にあることを。
 今、深淵より蘇りし闇が動き出す――――

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